第3回生命資源研究・支援センターシンポジウム

「ストレスにおける酵母ユビキチンリガーゼRsp5の機能解析とその応用」 

  奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 細胞機能学講座 教授 高木 博史 

 酵母Saccharomyces cerevisiaeは発酵生産環境において、エタノール、冷凍、低温、乾燥、酸化、pH、浸透圧など様々なストレスを受けている。本来、細胞はストレスに応答し適応する機構を備えているが、過酷なストレス下では、多くの細胞内タンパク質は変性し、正常な構造や機能が損なわれた「異常タンパク質」として蓄積するため、酵母は致死的ダメージを受け、有用機能(エタノール生産、炭酸ガス発生、味・風味物質生成など)が制限されてしまう。

 我々は酵母の新しいストレス耐性機構を解析し、得られた基礎的知見を実用酵母の育種に応用することをめざしている。本講演では、異常タンパク質の処理機構(修復・分解)に関して、ユビキチンシステム、特に標的タンパク質に結合し、ユビキチンを連結する重要なユビキチンリガーゼであるRsp5の機能を紹介する。

1. ストレス超感受性を示すRsp5変異株

 タンパク質合成の際にプロリンと競合して取り込まれ、異常タンパク質を生成させるアゼチジン-2-カルボン酸(AZC)に対し超感受性を示す変異株を分離した。この株では、酵母のHECT型E3の一つで、生育に必須であるRsp5の遺伝子に変異(標的タンパク質を結合するWW3ドメイン内のAla401Glu置換)があり、パーミアーゼGap1がユビキチン化されずに細胞膜上で安定に活性を維持するため、過剰のAZCが細胞内に流入し、超感受性になることが判明した。また、この変異株は細胞内タンパク質のミスフォールディングを誘導し、異常タンパク質を生成するストレス(高温、過酸化水素・エタノール・塩化リチウム・アミノ酸アナログなど)に対しても著しい感受性を示した。これらの結果から、Rsp5の新しい機能として、ストレスで生じる異常タンパク質処理への関与が示唆された。

2. 異常タンパク質の修復機構

 Rsp5が分子シャペロンとして異常タンパク質の修復に関わるストレスタンパク質に及ぼす影響を調べた。野生株とRsp5変異株を各ストレス培地で培養すると、Rsp5変異株ではストレスタンパク質遺伝子(HSP12, HSP42, DDR2)の転写量が低下していた。また、これらをRsp5変異株で強制的に過剰発現させると、様々なストレス感受性を相補した。次に、これら遺伝子の転写調節因子(Hsf1, Msn2/4)の発現についても野生株とRsp5変異株で解析した。その結果、各遺伝子の転写量に有意な差は見られなかったが、Rsp5変異株では各転写調節因子の存在量が野生株に比べて著しく減少していた。以上の結果から、Rsp5が転写調節因子の制御を介してストレスタンパク質の発現を調節し、異常タンパク質の修復に関与することが示された。

3. 異常タンパク質の分解機構

 ストレス下でRsp5によりユビキチン化される異常タンパク質基質を同定するために、野生株とRsp5変異株のプロテオーム解析を行った。その結果、高温、エタノール、ソルビトールなどのストレス下で、Rsp5変異株には野生株と比較してストレスタンパク質(Hsp12, Hsp78, Sod2など)、解糖系酵素などが蓄積していた。また、ほとんどのストレスタンパク質はtwo-hybrid assayでは野生型および変異型Rsp5と相互作用していた。したがって、ストレスタンパク質はストレスにより誘導されるだけでなく、その一部は異常タンパク質として蓄積すると考えられた。また、これらはRsp5のWW3以外のドメインと相互作用し、ユビキチン化された後、プロテアソームまたは液胞で選択的に分解される可能性が示唆された。