第5回生命資源研究・支援センターシンポジウム
「膵炎・膵癌におけるserine protease inhibitor,Kazal type 1 (SPINK1)の役割」
熊本大学 大学院先導機構 特任助教
大村谷 昌樹
膵腺房細胞内におけるトリプシノーゲンの異所性活性化が引き金となって膵臓が自己消化されるのが、膵炎の病態である。1996年にWhitcombらは遺伝性膵炎患者のゲノムDNA よりカチオニックトリプシノーゲン遺伝子の点突然変異を報告した。その後、遺伝性膵炎遺伝子の他の候補として、我々は膵臓内在性のトリプシン・インヒビターであるserine protease inhibitor, Kazal type 1 (SPINK1) に注目し、遺伝性膵炎患者ではアミノ酸置換を伴う点変異の頻度が高いことを報告した(J Gastroenterol 2001;36:p612)。さらに膵炎発症を期待してSpink3遺伝子 (SPINK1のマウスホモログ) ノックアウトマウスを樹立した。このマウスでは形態的にほぼ成熟した膵腺房細胞が形成される胎生16.5日から細胞質に変性が始まり、出生直後、急激にその変性が激しくなるが、電顕で観察すると、その変性の正体はほぼ細胞質を埋め尽くす多数の空胞であった。この空胞の本体は意外にもオートファジーであった (Gastroenterology 2005;129:p696)。オートファジー(自食)とは細胞質成分をリソソームで分解するための主要な分解機構で、飢餓や異常蛋白が細胞質内に蓄積した際に誘導され、生体の恒常性維持に深く関与している。膵炎発症とオートファジーの関連を明らかにする目的で、まず実験性膵炎モデルでみられる空胞がオートファジーに由来することを明らかにした。さらに膵臓特異的オートファジー欠損マウスを樹立し、膵炎惹起刺激を行ったところ、膵炎を発症しなかった。単離した腺房細胞にトリプシノーゲンの活性化刺激を行ったところ、活性化が見られなかったことから、オートファジーがトリプシノーゲンとリソソーム酵素との出会いを仲介することで異所性トリプシン生成にかかわっていることを明らかにした (J Cell Biol 2008;181:p1065, Autophagy 2008;4:p1060)。
上記から、Spink3がオートファジーの制御に関与していること、また実験性膵炎においてオートファジーが誘導されることが分かったが、そのシグナル伝達系については不明である。SPINK1は構造的にepidermal growth factor (EGF)に類似していることからEGF receptor (EGFR) に着目して解析を行った。まず線維芽細胞及び乳癌、膵癌細胞株の増殖をEGFとほぼ同程度に促進することが判明した。さらに、予想したようにSPINK1はEGFRをリン酸化し、PI3K, STAT, RAS-MEK-ERKの3つの経路を介するシグナルが実際に動くことを明らかにした。興味深いことに、ヒト膵癌の前癌病変部ですでにSPINK1は異所性に発現し、癌部ではSPINK1とEGFRが共発現していることから、SPINK1がオートクラインにEGFRに作用し、癌増殖を促進している可能性が示唆された。この様に当初トリプシン・インヒビターとして同定されたSPINK1の多彩で意外な機能が明らかとなった。