第11回遺伝子実験施設セミナー「ゲノム研究の最前線」

「バイオバンクジャパンとオーダーメイド医療」 

   東京大学 医科学研究所 ヒトゲノム解析センター長 中村 祐輔 

 30億塩基対からなるヒトの遺伝暗号は、数百カ所に一カ所の割合で個人差があり、その一部は遺伝子産物の量や質に影響を及ぼす。疾患に罹りやすい体質や薬剤の効果・副作用の個人差に、これら遺伝子多型(このうち1塩基の置換によるものをSNP=Single Nucleotide Polymorphismと称する)が関係することが次第に明らかになってきている。薬剤に対する応答性の個人差を生む大きな要因の一つとして、薬剤の代謝・運搬・受容体とその下流のシグナル伝達経路に関係する遺伝子群の遺伝的多様性があげられる。代謝系の酵素の活性低下を来すような遺伝子の変化は、薬剤の血中や組織内の濃度を高くする結果を引き起こし、中毒症状や最悪のケースは致死的な副作用へとつながる。また、血中の薬剤濃度と副作用の程度が相関しないケースなどでは、薬剤の受容体やその下流シグナルに関係する遺伝子多型が特異な反応を示す原因として考えられるようになってきている。われわれは、より効率的で安全な医療を実現化するために、「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」に取り組んでいる。この一環として国際ハップマップ計画の一員として参画し、データ量としては研究参加機関最大の24.3%の貢献をした。この国際プロジェクトによって、(1)数百万カ所におよぶSNPの基盤情報が整備されたこと、(2)SNPを高速大量に安価で解析する技術が確立されたこと、また、(3)われわれの成果などによってSNP研究の医学研究に対する有用性が証明されたこと等の要因によって、疾患に罹りやすい体質の研究や薬剤応答性に関する研究が大きな広がりを見せている。われわれは、JSNPデータベースを構築し、高速SNPタイピングの確立を行い、それらを利用した易罹患性遺伝子の単離とその機能解析に取り組んできた。その結果、心筋梗塞・関節リウマチ・変形性関節症・糖尿病性腎症・喘息・IgA腎症などの発症や増悪に関わる遺伝子を同定してきた。また、これまで22万症例以上の患者さんから協力を得て、バイオバンクジャパンを構築した。これらの患者さんの臨床情報データベースを整備すると共に、多くの研究機関と協力してこれらの資材を活用し、21世紀の新しい医療開発に貢献したいと考えている。オーダーメイド医療へ向けての取り組みも含め、このプロジェクトや世界のファーマコゲノミクスの現状について紹介する。