第14回遺伝子実験施設セミナー「感染→がん〜infection-induced cancers〜」
「ヒトT細胞白血病ウイルス1型による発がん」
京都大学ウイルス研究所附属エイズ研究施設 ウイルス制御研究領域 教授
松岡 雅雄
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type 1: HTLV-1)の特徴は感染に際して生きた感染細胞の存在が必須であることである。HTLV-1は感染細胞を介して感染を拡大する。HTLV-1はcomplex retrovirusに属し、自身がコードする調節・アクセサリー遺伝子により感染したCD4陽性Tリンパ球の増殖を引き起こす。この感染細胞の増加はウイルスにとっては感染機会を増大させるという点で合目的であるが、その作用の結果、宿主には成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia: ATL)、HTLV-1関連脊髄症を引き起こすと考えられる。我々はHTLV-1による発がん機構を明らかにする手がかりはATL細胞にこそあると考えATL細胞の研究を続けてきた。その結果、HTLV-1の発がんに重要であると考えられてきたTaxがATL細胞では、しばしば発現できないことを見出した。一方、3’ long terminal repeat(LTR)とpX領域は全てのATL症例で保存されていた。この事実から3’LTRから転写されるアンチセンス転写産物であるHTLV-1 bZIP facor(HBZ)遺伝子がATL細胞にとって重要であると推測した。実際、HBZ遺伝子は全てのATL症例で発現していた。HBZ遺伝子の発現抑制によりATL細胞の増殖が抑制され、またHBZ発現によりT細胞の増殖が促進されたことよりHBZ遺伝子の発現がATL細胞の増殖に直接、関わっていることが示された。HBZ遺伝子を発現するトランスジェニックマウスはTリンパ腫を発症し、HBZ遺伝子発現が直接、発がんと結びついていることが示唆された。HBZトランスジェニックマウスでは、皮膚炎が認められCD4陽性Tリンパ球の皮膚への浸潤が確認された。また肺への浸潤も認めている。このようなT細胞の浸潤はHTLV-1キャリアでも、しばしば認められており、HBZ遺伝子が感染細胞の浸潤に重要な働きをしていることを示している。このようにHBZ遺伝子の作用はHAM/TSPなどのHTLV-1関連炎症性疾患の病態にも深く関わっていることが予想される。 HBZ遺伝子はATLのみならずHTLV-1関連疾患の病態形成に極めて重要な遺伝子であり、これらの難治性疾患の治療標的として有望であると考えられる。HBZ遺伝子の病態形成における分子機構に関して議論したい。