第18回遺伝子実験施設セミナー「バイオリソース最前線・パート3」

行動遺伝学ツールとしてのショウジョウバエ 

   名古屋市立大学 大学院薬学研究科 神経薬理学分野 教授  粂 和彦 

 キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)は南極・北極以外の地球上全ての地域に広く棲息する昆虫で、20世紀初めから遺伝学の実験材料として使われ始め、形態異常を示す変異体研究を通じて、発生学分野にも多数の知見をもたらした。1970年代からは、カルフォリニア工科大学のSeymour Benzerのグループによる行動変異体の単離を契機に、行動遺伝学の材料として使われ始め、生物時計・学習・交尾などの行動を制御する遺伝子が次々に発見された。2000年には、いち早く全ゲノム配列が決定され、研究が加速した。

 遺伝学ツールとしての利点は、通常の飼育条件で1世代10日という世代間隔の短さと、小型バイアルで1系統を維持できる飼育の容易さである。P-element 挿入系統、RNAi発現系統などが、ほぼ全ての遺伝子について存在し、複数のbinary system を用いて発生時期や部位特異的な発現制御が可能である。最近ではCRISPR法の開発で、相同組換え効率が悪いという欠点も克服されつつある。行動観察・解析法も急速に進歩している。

 今回は、ショウジョウバエの遺伝学ツールとしての特徴と最近の進歩を概観し、私たちが進めてきた「睡眠」という行動の研究も紹介する。