第16回遺伝子実験施設セミナー「バイオリソース最前線」

霊長類バイオリソースの現状と展望 

   京都大学 霊長類研究所 分子生理研究部門 遺伝子情報分野 今井 啓雄 

 霊長類に関するバイオリソース事業は現在、大型類人猿ネットワーク(Great Ape Information Network)とニホンザルバイオリソース(Nihonzaru Bio-Resource)が動いています。それぞれ特有の事情によりユーザーはまだ多いとは言えませんが、今後バイオリソースとしてのびしろの大きい分野です。特にゲノム情報の付加により、ヒトやマウスとの比較を含めて表現型の個体差や種間差についての遺伝子基盤に迫る可能性が出てきました。

 GAINホームページ

 GAIN(ゲイン、と発音する)は、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンとテナガザルについて、日本国内で飼育されている個体の情報を収集し、データベース化し、一般に開示して、学術研究の推進に供する事業です。いずれも「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)付属書I」により個体や組織の輸出入が禁止されているため、研究対象とするには国内の個体を維持する動物園など飼育施設と協力していく必要があります。

 現在、そのための情報を共有し、飼育施設と研究者双方が助け合えるような循環型システムを構築しつつあります。 

 具体的には、(1)英語・日本語で個体情報をweb上でリアルタイムで提供し、(2)死亡などの情報があった場合は、研究に活用を希望する飼育施設については登録研究者への情報の提供を行っています。研究試料に関しては登録した研究者の自主的な活用を基本としていますが、(3)飼育施設との契約やフィードバックを重視した情報の還元を行い、飼育施設の理解を得る努力をしています。試料数がそれほど多くを望めないため、個々の研究者が成果を上げるには十分な試料数を確保するのが難しいところですが、分担機関である京都大学霊長類研究所・野生動物研究センターが共同利用・共同研究拠点として組織やRNA等分子生物学用試料や形態情報を中心に保管・調整を行い、少しずつですが論文として成果も出てきています。特に、熊本サンクチュアリ(旧チンパンジーサンクチュアリ宇土)は九州地方の拠点として、域内の希望する動物園にRNAlaterの配付を行うなどの活動を行っています。飼育施設側から希望があれば、感染症既往歴などの検査も研究者側からのフィードバックとして実行しています。

 ヒト以外の霊長類についてゲノムドラフト配列は既に10種以上が公開されていますが、特に研究に用いられる個体別の遺伝情報はあまり重視されてきませんでした。今後は各個体のゲノム情報を整備することにより、ゲノムレベルではヒトと99%相同なチンパンジー、95%相同なニホンザルを通してヒトの進化、霊長類の環境適応等も含めた表現型に関わるゲノム・エピゲノム研究が進むと期待されます。