第4回プロテオミクスシンポジウム
「Proteomics研究における機能グライコミクスの重要性」
大阪大学微生物病研究所寄附研究部門 教授
谷口 直之
Proteome研究は国際的には大きな曲がり角に来ているといってよいと思う。これまで英国、スイス、オーストラリア、米国、中国など、莫大な資金が投入され、また我が国も追従したところがある。質量分析法の飛躍的は発展がそれに拍車をかけ、大型機械が設置されたのは事実である。しかしその成果はどうであろうか。たとえばNIHではProteomicsによるBiomarker Discoveryの研究を盛んに行われている。しかし、これまでおよそ1261のバイオマーカーが見出されたが、実際にアメリカで使用されているのは9種類にすぎず、FDAが認可した項目は1998年以来わずか一つにすぎないという。これは多くのバイオマーカーがおよそ20年前に作られた単クローン抗体によって測定されているものがほとんどであり、その貢献は多大である。つまり、抗体のできるタンパク質はほとんどが既に抗体が作成されバイオマーカーとしての可能性が試されてきたからであろう。これまで開発されているモノクローン抗体はほとんどが、そのエピトープは蛋白質部分、糖脂質、ムチンなどにある。しかしN-結合型の糖鎖はほとんど抗体はできない。
一方、Proteomicsによりみいだされたバイオマーカーは残念ながら、ほとんどないといってよい。大型機器をつかってのProteomicsでは実用には供さないであろう。つまり、Proteomicsにより同定されるようなタンパク質はすでに、タンパク部分をエピトープとする抗体が作成されており、そのバイオマーカーとしての有効性が調べられているからである。つまり、Proteomeによるバイオマーカーの検索には全く新たな発想の転換が必要と考えている。つまり、抗体ができないような分子や低分子を標的にすべきだと思う。
タンパク質の翻訳後修飾の中で最も多いのは糖転移酵素により触媒される酵素的な糖付加反応であり、事実50%以上のタンパク質は糖鎖付加をうける。これらの変化により、シグナル伝達、タンパク質の半減期、ターゲティング、細胞と細胞や細胞とマトリックスの相互作用などが影響をうけることが明らかになってきている。
これまでの糖鎖の研究は、ゲノムや蛋白質の研究とことなり、糖鎖の持つ構造上の多様性、に加え、実用に供することのできる自動合成器や自動シーケンサーが無く、また、PCRのような増幅やクローン化ができない困難性をもっていることから、研究が無視されがちであった。また、これらの糖鎖に対する抗体は通常ほとんどできないため、バイオマーカーとしても使用できなかったのが実情であろう。
我々は、これまで、糖タンパク質のうちN-結合型糖鎖の分岐を形成する糖転移酵素(GnT-III, GnT-V, Fut8など)の精製とその糖鎖遺伝子のクローニングそしてそれらを用いた糖鎖の機能解析の研究をおこなってきた。特にこれらの糖鎖を合成する糖転移酵素遺伝子をもちいたFunctional Glycomicsによって、糖鎖遺伝子のノックアウト、RNAi, 過剰発現何より、糖鎖の人工的なリモデリングを行い、それによる表現型の変化を把握し、その標的糖タンパク質(すなわち糖鎖を付加している糖タンパク質)をGlycomicsの手法により同定し、さらにその細胞生物学的な機能変化を明らかにしてきた。たとえば、TGF-β受容体にCore fucoseが欠損するとTGF-βの抑制シグナルが欠如するため、マトリックスプロテアーゼの発現が高まり、肺気腫が発症する。またEGF受容体の糖鎖付加部位が欠如すると、リ癌ドが無くともリン酸化や二量体形成が起こり、過剰なシグナルが伝達され、腫瘍形成を促進する。また、インテグリンやE-カドヘリンの糖鎖と癌の転移の機構、Core fucoseの付加による糖鎖を用いたバイオマーカーの研究などを行ってきた。
これらの機能グライコミクスの方法は, 個体の成長発育、癌、神経変性疾患、糖尿病などの生活習慣病などの発症機構の解明、癌の抗体療法、バイオマーカーの発見や疾患の治療法の開発に特に重要であり、このような研究方法はProteome研究などのポストゲノム研究における新しい道を拓くものと考える。
本講演では、糖鎖生物学の重要性を紹介するとともに、われわれの研究をご紹介させていただき、またHUPO(国際ヒトプロテオーム機構)の中で立ち上げたHGPI(Human Disease Glycomics/Proteome )Initiative)で行った多数の国際研究機関における糖鎖解析のためのPilot studyについてもあわせてご紹介し、ご批判を仰ぎたい(本研究は日本学術振興会大阪大学21世紀COEプログラムおよび先端拠点形成費によった)。