第4回プロテオミクスシンポジウム

「ハイスループット全自動二次元電気泳動システムの開発」

   独立行政法人産業技術総合研究所

         バイオニクス研究センター 副研究センター長 横山 憲二   

【緒言】現在のタンパク質を網羅的に解析するツールとしては、二次元電気泳動法に基づく分析装置が一般的である。すなわち、はじめに等電点電気泳動(isoelectric focusing, IEF)によりタンパク質の荷電(等電点)をもとにした分離を行い、その後ドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate, SDS)-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(polyacrylamide gel electrophoresis, PAGE)により、タンパク質の分子量をもとにした分離を行う方法である。しかし、二次元電気泳動では、試料中のタンパク質分子がIEFゲルに浸透するまでの時間、IEFにかかる時間、タンパク質を染色する時間、過剰な色素を除去する時間等をあわせると、1~2日必要である。また、IEF後のゲルをSDS-PAGEゲルのスタート地点まで移動させることが必要であるなど、自動化が難しい欠点がある。また、手作業が多いため、二次元電気泳動に慣れた研究者でなければ、再現性のいい結果を得ることが難しい。このような理由から、二次元電気泳動法は誰もが気軽に使える方法となっていない。そこで演者らの研究グループでは、搬送システムを用いることにより二次元電気泳動を全自動化したシステムの開発を行っている。

 図1は全自動二次元電気泳動システム図である。一次元目のIEFチップが順次搬送される方式となっている。まず、IEFチップホルダーが、乾燥IEFチップ(支持板にIEFゲルストリップが固定されたもの)をつかみ、タンパク質試料溶液槽へと移動する。次に、膨潤溶液槽に搬送後、IEF槽に移動し、所定の電圧をかけIEFを行う。演者らはIEFとSDS-PAGEの間にタンパク質を染色する中間染色法を採用しており、この染色法の場合では、IEF終了後、洗浄槽に移動し、その後染色槽にIEFチップを搬送し、Cy5などの蛍光色素でタンパク質を修飾する。次に過剰色素を洗浄後、SDS平衡化処理を行う。さらにIEFチップを二次元目SDS-PAGEゲルスタート地点まで搬送し、ゲル同士を接触させSDS-PAGEを開始する。現在のシステムでは、検出にCCDカメラを用いているので、SDS-PAGEを行いながら分離状況をリアルタイムに可視化することができる。IEFチップ、溶液チップ、SDS-PAGEチップの写真を図2に示す。研究開始当初、SDS-PAGEチップにはガラス板を使用していたが、製品化を考慮し、プラスチック基板を超音波溶着により貼り合わせ作製した。

 本チップ、システムを用いて二次元電気泳動を行ったところ、試料浸漬・ゲル膨潤10分、IEF20~30分、洗浄・染色・洗浄・SDS平衡化に10~20分、SDS-PAGE・検出に20~30分と、従来法では20時間以上かかっていた作業が、60~90分に短縮することができた。また、従来法では、各作業間にゲルをピンセット等で持ち運ぶ必要があったが、本システムを用いることにより、完全に自動で二次元電気泳動結果を得ることに成功した。

 マウス肝臓可溶化物をタンパク質試料として用い、中間染色法について評価した。その結果、SDS-PAGEチップにガラス板を用いた組立チップでは、Cy5による中間染色、SYPRO RubyによるSDS-PAGE後染色、いずれについても問題のない結果が得られた。一方、プラスチック基板を用いた超音波溶着チップについては、中間染色で用いたCy5がプラスチック壁面に付着して低分子領域バックグランド蛍光が見られた。これも現時点ではかなり抑えられている結果が出ている。次に、再現性について本全自動システムと市販の手動装置(ミニゲル)とを比較した。その結果、いずれも高い再現性を示す結果が得られた。これは本実験を行った研究者の技術が高いためであり、再現性を正確に比較するためには、他の異なる技術レベルを持つ多くの研究者の結果を調べる必要がある。次に、IEF、SDS-PAGE、それぞれの分離能を評価した。その結果、約20cm角のラージゲルほどの分離能は得られなかったが、ミニゲルと同等の分離能を得ることができた(図3)。しかし、分離能をゲル長で割った値で比較すれば、本システムが最も優れている結果となる。

 以上のように、再現性、分離能等の性能は、同サイズのゲルを用いた市販装置と同等かそれ以上であり、さらに従来法と比べ、大幅に分析時間を短縮でき、全自動で二次元電気泳動結果が得られることから、本システムの優位性は極めて高いと考えられる。

【謝辞】本研究は、平成14から17年度まで、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の健康維持・増進のためのバイオテクノロジー基盤研究プログラムに係る「バイオ・IT融合機器開発プロジェクト/DNAタンパク質等解析システム及びデバイス開発」の研究課題として行われたものである。同プロジェクトの共同研究担当者である、(敬称略)鵜沼豊、丸尾祐二、松島俊幸、高橋克佳、三枝理伸、中村眞(以上、シャープ)、坂入幸司、林田智枝、植山公助、加納満(以上、凸版印刷)、生田目一寿、淀谷幸平、石井芳則、柴田孝、稲持朝、中田淑子、小川恭弘、丸澤宏、小松孝義、斎藤善正(以上、アステラス製薬)、矢野和義、阿久津覚誠(以上、東京工科大学)、平塚淳典、木下英樹、碓井啓資、鈴木祥夫、福井宏幸、菊地円、始関紀彰、輕部征夫(以上、産業技術総合研究所)の方々に感謝する。