下記日程で、第96回遺伝子技術講習会を開催します。今回はリポソームを利用したDrug Delivery Systemの最先端の研究をされている菊池 寛先生にご講演をお願いしました。多数の方の御来聴を歓迎いたします。

=== 第96回遺伝子技術講習会 ===

主 催;熊本大学 生命資源研究・支援センター 遺伝子実験施設
テーマ;『リポソーム製剤の粒子設計と医薬品への応用』
日 時;平成20年6月20日(金) 13:30〜15:00
場 所;熊本大学 生命資源研究・支援センター
    遺伝子実験施設 6階 講義室【602】
講 師;エーザイ株式会社 製剤研究所 担当部長   菊池 寛 氏
   (東京大学薬学部非常勤講師、九州大学大学院薬学研究府客員教授兼任)
要 旨;
 演者がリポソーム研究を始めた1980年代初頭は,DDS(Drug Delivery System)が注目され始めた頃で,製剤学教室出身の演者はリポソームこそ理想的なDDSかもしれないと魅了されてしまった.現在でこそ世界で9つのリポソーム医薬品が上市されてはいるが,当時は医薬品としての実用化は困難であろうとされていた.その理由としては,大量生産方法,製剤の均一性・再現性,保存安定性などの製剤工学的な問題点が挙げられていた.
 そこで演者らは,“確実な器”創りの検討から着手し,多くの大量生産方法(リポソーム化粧品に使われている多価アルコール法,試薬に用いられている凍結乾燥空リポソーム法はその一例),粒子径制御装置,安定化方法,薬物の高保持率化方法を開発することができた.次に“製剤としての器”創りに着手し,ドキソルビシン,アムホテリシンB等の薬物を実際に封入してその有用性を証明した.更に,リポソームを“生きた器”とすべく,肝実質細胞(ガラクトース受容体),肝クッパー細胞・マクロファージ(マンノース受容体),腫瘍細胞(LDL受容体),腸管内パイエル板(経口ワクチンを指向)を標的としたアクティブターゲティング用リポソーム,並びにパッシブターゲティング用血中滞留型リポソームを検討したが,その根幹には,常に実用化を意識した,安価で大量生産可能な新規膜修飾物質への置換えに対する挑戦があった.後者の血中滞留型リポソームとしては,PEG修飾ドキソルビシン含有リポソーム(DOXIL)が有名であるが,EPR (Enhanced Permeability and Retention) 効果を利用して腫瘍組織へのターゲティングを可能にしたこのDOXILの登場は世界中のDDS研究に大きなインパクトを与えたといえる.演者らもPEG脂質に代わる新規修飾物質をいくつか開発することができ,これらは現在,日本油脂から市販されている.
 一方で,1990年代半ばから遺伝子治療用リポソームが注目されるようになり,演者らも“未来の器”を創るべく,国産のリポソーム処方開発に着手した.数年かけた処方スクリーニングの結果in vivoでも延命効果を有する処方を見出したが,諸般の事情によりその先の開発は断念した.その後,2000年代になってsiRNAが注目を浴びるようになり,演者らは再び新規処方の開発に着手して,運良く既存の市販試薬に勝る新規処方を見出すことができた.上記プラスミドDNA用リポソームやsiRNA用リポソームは現在,試薬として北海道システムサイエンスから市販されている.
 血中滞留型リポソームも核酸治療用リポソームもこれで最終目標を達成したわけではない.更なるターゲティング効率向上のために,各種リガンド(糖,トランスフェリン,モノクローナル抗体,ペプチド等)結合リポソーム,物理的エネルギー(温熱療法,超音波等)を利用したリポソーム,腫瘍特異的に崩壊するリポソーム等の検討が精力的になされている.これらも近い将来,実際の医療に貢献していくと思われる.
 20年前よりは10年前が,10年前よりは現在がというように,科学は着実に進歩している.昔は不可能と思われていたことも今では可能とするのが科学技術である.世界中の研究者の英知を集めれば,今難しいことも近い将来可能となって画期的DDS医薬品が生まれ,それによって世界の医療に貢献することを期待している.